稲荷神社の研究

訪れた稲荷神社をコツコツと紹介します。

2010年09月

『津軽稲荷神社』、錦糸町駅すぐ近く

津軽稲荷神社(つがるいなりじんじゃ) 墨田区錦糸1−6−12

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青森県弘前城主津軽四郎為信十万石の下屋敷にあったので、津軽稲荷といいます。

一万坪は明治43年の大水害と共に払い下げられ、太平町一丁目町会の所有となりました。昭和7年に町名変更で錦糸一丁目町会の守護神となります。

祭神は伏見稲荷神社の分神です。町民の信仰は厚く、大正12年の関東大震災や昭和20年の戦災のために焼失しましたが、昭和35年に拝殿と社務所会館が再建され、落成しました。鳥居は明治百年を記念して昭和44年再建されたものです。

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正面から

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津軽稲荷神社の由来紹介

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外から見た津軽稲荷神社

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正面に向って右側には弁財天もあります。

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小さな池を渡る橋を通って弁財天へ

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弁財天の正面

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一対の狐

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津軽稲荷神社全体の風景

(2010年9月1日)

『千種稲荷』、錦糸公園のなかにポツリと

『千種稲荷』(ちぐさいなり) 東京都墨田区錦糸4-15 錦糸公園内

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千種稲荷はJR錦糸町駅すぐそばの錦糸公園のなかにあります。 徳川四代将軍家綱の時代(寛文~延宝)に治水工事が行われその後、柳島村の守護神として祭られたと伝えられています。明治時代になっても、この稲荷神社は保護されて郷土の守護神として残されました。

その後、陸軍糧秣廠(りょうまつしょう)(陸軍の兵隊の食料や軍馬のまぐさをたくわえた役所)本所倉庫をこの地に建設したとき、敷地内にあった稲荷神社を取り払ったところ再三火災が発生。そこで旧位置に稲荷社を再建して祀ったところ不思議にもその後火災はまったく起こらなかったといいます。

大正十二年の震災はもちろん、昭和二十年の空襲にもなんの被害もなく、多くの人が境内に避難し戦火を逃れたそうです。現在は錦糸公園の中に祀られています。

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正面から

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錦糸公園のなかからのショット

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錦糸公園の外からのショット

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境内にあった千種稲荷の由来記の掲示

(2010年9月1日)