稲荷神社の研究

訪れた稲荷神社をコツコツと紹介します。

『花房神社』、秋葉原の狭い路地にひっそりと

花房神社(はなぶさじんじゃ) 東京都千代田区外神田4−4−5


花房(稲荷)神社は本当に狭い路地裏にあります。現在の社は戦後、地元住民が再建したものですが、神社そのものは江戸時代からこの地にあったとされています。祭神は宇之迦魂命。

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リバティのある路地に入って

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リバティの裏手に回ると

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人がやっと1人通ることができるような路地があります。

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その先にひっそりと花房神社があります。

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通りがかりで見つけるということはめったにないはずです。

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正面から

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塀にある住居表示

(2010年9月2日)

『梅屋敷伏見稲荷神社』、亀戸3丁目の梅屋敷跡

梅屋敷伏見稲荷神社(うめやしきふしみいなりじんじゃ) 東京都江東区亀戸3−51−3

江東区亀戸3丁目にはかつて梅屋敷として栄えた梅の名所がありました。梅屋敷を訪ねた水戸光圀は、一株の梅がまるで龍が地を這う様に咲いていたため、賞美のあまり臥龍梅と命名したと伝えられています。

明治43年の洪水と工場の排煙などから梅の大部分が枯れてしまい、廃園となってしまいましたが、その跡地に残された稲荷神社です。

路地を入って少しした場所にあるので、見つかりにくいかもしれません。

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入り口付近です。

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正面から

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もう少し近づいてみます

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さらに一歩前へ

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「梅屋敷伏見稲荷神社」

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塀にあった住居表示です

(2010年9月2日)

『津軽稲荷神社』、錦糸町駅すぐ近く

津軽稲荷神社(つがるいなりじんじゃ) 墨田区錦糸1−6−12

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青森県弘前城主津軽四郎為信十万石の下屋敷にあったので、津軽稲荷といいます。

一万坪は明治43年の大水害と共に払い下げられ、太平町一丁目町会の所有となりました。昭和7年に町名変更で錦糸一丁目町会の守護神となります。

祭神は伏見稲荷神社の分神です。町民の信仰は厚く、大正12年の関東大震災や昭和20年の戦災のために焼失しましたが、昭和35年に拝殿と社務所会館が再建され、落成しました。鳥居は明治百年を記念して昭和44年再建されたものです。

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正面から

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津軽稲荷神社の由来紹介

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外から見た津軽稲荷神社

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正面に向って右側には弁財天もあります。

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小さな池を渡る橋を通って弁財天へ

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弁財天の正面

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一対の狐

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津軽稲荷神社全体の風景

(2010年9月1日)